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ロウォ・カリバイェム(謎の建物跡はいったい? )

ロウォ・カリバイェムロウォ・カリバイェム

2003年3月1日(土)今朝の地元新聞カーエル(KR)に載っていた謎の建物跡出現の記事を見て、どうしても気になってしまった私は、野次馬根性丸出しだなあと思いつつもついつい発見現場へ行ってしまった。新聞記事によると、2月27日(木)ロウォ・カリバイェムに突如として謎のレンガ作りの建物跡が現れた。3日前からの大雨が原因で橋の8メートルほど下を流れる川幅2メートルほどの小川が氾濫、シドレジョ村とソノパキス村を結ぶアスファルト製の道路と橋が約50メートルにわたって崩壊し、川からあふれ出して流れた水で土が削られて、写真のように姿を見せたというわけ。このロウォ・カリバイェム、あたり一面田んぼが広がる典型的なジョグジャの街外れであり、普段は村の人以外に訪れる人もいないようなごくごく普通の農村地帯。そんな静かな村々〜シドレジョ村とソノパキス村〜が昨日からはこの謎の建物騒ぎで、1日数千人の見物人が訪れごった返している。バイクや車で訪れる人がたくさんおり、村にはにわか駐車場やにわか屋台がわんさか出ていて大賑わいだ。ホント盆も正月も一緒に来たようなお祭り騒ぎ。そんなことはさておき、この建物の正体はいったい何なのかまだ明らかでないのだけれど、地元のおっちゃんによると、この地域はオランダ植民地時代、カリバイェム湖を中心とした観光地だったとのことで、当時は動物園建設計画なんかもあったのだという。この建物出現と同時にオランダ時代に観光用に利用されたとみられる小船も発見されており、おそらくオランダ植民地政府が建造した保養所か何かではないか、と誠しやかに囁かれている。場所はジョグジャ市内から南西に8キロほどで車だと10分ほど。3/1

正体は・・・
ロウォ・カリバイェムジョグジャカルタ特別州考古学研究所の発表によると、謎の建造物の正体はプサングラーハン・アンバルビナングン跡だそうだ。プサングラーハンとは”王様がお休みの日にゆっくりされるところ”を意味し、自然環境の美しい保養所といえる。また、アンバルビナングンとは村/地区の固有名詞。つまり、現在の王様10世のひいおじい様である7世の王様に関連する建物跡に違いないということである。カリバイェム湖のダムはスリ・スルタン・ハメンクブウォノ7世(1839−1921、即位1877)により建造された。このダムの水はアンバルビナングン保養所に流され、一部下流の田んぼやパドカン精糖工場近くのサトウキビ畑に流された。現在のマドゥキスモ精糖工場にあたる。7世の王様によって建造されたダムは、日本の占領時代にも手が加えられ、水を防ぐ壁がより高くされた。その後1957年頃にはカリバイェム湖はジョグジャ近郊の観光地として、グンビラロカ動物園をしのぐ訪問者数を記録している。1983年に国軍のプログラムによりこの地域に初めてアスファルト舗装が施された。3/4

続報! 手榴弾爆発!
2003年3月2日(日)、謎の建物跡出現後、見物人でますます賑わうカリバイェム湖跡地で手榴弾が爆発した。幸いけが人はなかった。地元警察の発表によると、今回の爆発は湖の底に沈んでいた昔の手榴弾が、洪水による水勢で安全装置が外れたためにおこったとのこと。今回の洪水でこの手榴弾の爆発以外にも、弾丸などの武器も発見されており、これから見物に行かれる方は十分注意が必要。水の流れがどんどん変わっており、これまで地中深く眠っていた爆発物が地表に出てくる可能性も十分ありえる。弾丸以外にも、先日お知らせした観光用の小船をはじめとして、クリス(短剣)、竜のカタチの石、クワなどなどが続々と発見されている。この日は日曜日であったため、これまでで最高の人出。現場を一目見ようと押しかける見物人の車やバイクで現場へ至る道路まで2キロにわたっての大渋滞。交通整理や駐車場・駐輪場を管理するのはシドレジョ村の若い衆であり、建物出現後1週間も経ていないが、すでに1000万ルピア(約14万円)の駐車代収入があるとはシドレジョ村村長さんの弁。村の収入はこればっかりにとどまらない。土曜日に私が行ったときにはまだ出来上がってなかった村人の手による竹製の橋もすでに完成しており、その橋を渡る見物人から寸志を募っているので、そちらの収入もかなりのものらしい。

村の常識
余談になるが、ジャワの村々では平素から自分たちの村の道や排水溝などを自分たちで労力とお金を出し合って整備するのが当たり前で、それゆえに観光や知人訪問で田舎の村などを訪れたおりには、村人への会釈くらいは忘れずにしたほうがいいかも。だって我々が歩いている村々の道は政府ではなく村人が汗してつくりあげたものだから。変にヘラヘラする必要はないけれど、ちょっとは愛想よくしてみたい。例えば貴方の言動が癪にさわった村人の誰かが、貴方のほうを指差し”マリ〜ン”(泥棒)と叫んだとする、そうすると5分以内に貴方は村人によってボコボコに袋叩きにされてしまう、ということが現実におこり得る。こちらでは村の治安は自分たちで守るという観念が定着しており、政府による法律は重要視されていない。しかし、流石にインドネシアは法治国家なので、村人の裁きを受けた人が死に至ってしまった場合は手を下した村人たちが裁かれるのだが、こういう話は飽きるくらいしょっちゅう耳にするのである。外国人、特に日本人はどこへ行っても歓迎されることが多いが、この村の誰を訪ねて来たのか、何の目的があってココにいるのか、よそ者は誰であれその土地の人に知らせる義務がある。何となく散歩がてらなりとも田舎を歩くときは、自分が何をするためにソコにいるのかを村の人に伝えるほうがよい。でも今回のような大騒ぎのときは何をしに来てるか明らかなので、そんなことよりも自分がスリに遭わないように注意しましょう。3/4

上記文章は地元新聞KR、地元テレビTVRIジョグジャ、ラジオ、その他地元のおっちゃん・おばちゃんの話、私見がごちゃまぜになっています。