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ジョグジャカルタ特別州
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asita

2006年07月編

2006年7月25日  ジキルアクバル

ジキルアクバルという今回の催し物、地震や火山噴火で被災した1,000名のこどもたちを集め、共に祈るという催し。社会省とジャカルタに本拠をおくインドネシアこども擁護財団が主催して、バントル県庁で行われ、こども楽団アマリも招聘されたのでした。

社会省バヒタル長官と奥様、財団の偉い人、有名イスラム指導者、あとはテレビでよくみるタレントさんも2名いらしてて、演説や献花などが行われ、あとは被災したこどもたちへかばんや学用品などがプレゼントされた。

 

有名なイスラム指導者も来ていて、この人みたことあるなあ。。。と思っていたら、そうだ思い出した。女性歌手レザさんが、離婚にからむこどもの養育権争い 中に行方不明となったことがあり、そんときにこの指導者の寄宿舎でかくまわれていたんだった。ダンナは元俳優の男前国会議員 アジさん・・・おっと、ワイドショー好きがばれてしまうよ。

ちなみにレザさんは歌手の上田正樹さんとデュエットしたことがある、あの方です。


2006年7月24日  教科書と時間割

登校2週目にして教科書を頂いた。無料でした。 。。と思ったら2日後に請求書がまわってきました。7冊で2,000円。

公立は月謝無料だそう。知らなかった。ただし、水道代とか電話代とかいう雑費を毎月払うらしいが、数百円とのこと。良かった。安くて。

時間割も合わせて発表された。某公立小学校1年生の時間割はこんな感じ。7時〜10時45分まで、うち15分は休み時間なので、実質3時間半ということか。これならなんとか持つかな。

 

           月   火  水  木   金   土
1? 07:00-07:35 朝礼 算数 体育 理科 体操 算数
2? 07:35-08:10 算数 算数 体育 理科? 国語 算数
3? 08:10-08:45 算数 社会 体育 ジ語 国語 国語
4? 08:45-09:00 国語 社会 道徳 ジ語 書道 国語
5? 09:00-09:15   やすみじかん   やすみじかん
6? 09:15-09:35 国語 社会 道徳 ジ語 書道 国語
7? 09:35-10:10 宗教 英語 国語 芸術 宗教 講話
8? 10:10-10:45 宗教 英語 国語 芸術     講話

「ジ語」は日常言語であるジャワ語、「国語」はインドネシア語。「芸術」は音楽と図工を交互に。「道徳」としたのは生活習慣などを学ぶらしく、「書道」はもちろん筆に墨というわけではなく丁寧な文字を書く授業。

日本と異なるのは宗教やら宗教講話の授業があること。ついていけるんだか・・・。同じ学校に通うこども楽団のお友達は、半年前に欧州からジョグジャに戻ってきたばかり 。5年以上も外で暮らしていたため、宗教の成績はサンザン。おかげで全体の平均点もさがっちゃうのよ。とママさんは語っていた。裏技?も教授してもらったのだけど、あまりに衝撃的なため公開できません。

2006年7月23日  ホームコンサート

年に一度のこども楽団アマリのホームコンサート。今年は激震地のひとつバントル県バウランのこどもたちを合唱団として招き、トラウマヒーリングも兼ねたチャリティーコンサートとあいなりました。

夜の部のチケット売り上げ金も被災地のこどもへ寄付。ガジャマダ大学ドイツ研究センター協賛。そしてジャカルタから戻ってこられたばかりのジョグジャ市長さんも応援にかけつけてくださいました。

参加したバウランのこどもたちのうち、半分以上が親御さんを亡くしており、なんとも言葉になりません。今後もバウランのこどもへのフォローアップをはじめ、震災地のこどもたちとの交流とヒーリングを目的にワークショップを兼ねた演奏会を行っていくらしい。

そういえば、7月の初めにもバントル県の被災地へ出向き青空演奏会もやりました。ウチの息子は当日体調を崩して欠席したのだけれど、楽団から学用品を被災地のこどもにプレゼントし、用意したお弁当を被災者と一緒に食べておひらき。

2006年7月22日  制服

あまりにオッサン臭くて泣けてくる、水&木曜の制服。 まるでねずみ男のマントみたいな灰色だし。しかし、本人は格好良いと思っているらしく、車に自分の姿を映してご満悦だったので、良しとしときましょう。

青い半ズボンのは金&土の制服。3種類あるなかでこれが一番爽やかかな。

今日の授業はお絵かき。お絵かき帳を持ってくるよう、昨日、担任の先生から指示が出ていたらしいのだが、ウチの息子は聞いていなかったらしく、こんな初めっから忘れ物をしてしまうあほたれだったことが判明。先が思いやられます・・・


2006年7月21日  メラピ山


 

朝から快晴。突然、噴火しちゃったりしたらやばいなぁ。と思いつつも、以前、火砕流が流れ出たメラピ山南側へちょいと出かけてみました。

2名の方が亡くなった地下壕跡はポリスラインがひいてあって入場禁止。入っていいと言われても入る勇気はないです。

2006年7月19日  40万円は多過ぎ

また地震発生。スマトラ島とジャワ島の狭間、スンダ海峡が震源地だ。これまでジャワ島では滅多に地震なんてなかったので、最近の地震続きには驚かされるばかり。ジョグジャでは体感する地震はなくてすんだけど、とても人事とは思えません。

同日、ジョグジャでは5月27日地震の被災者がデモを行っており、副大統領が口走った、全壊家屋一戸につき40万円の民家再建費用やら、1名につき約1,300円の被服費やら、 一家族につき約1,300円の日用品費を早急に拠出するよう求めていた。それだけでなく、月500円弱の電気基本料金を7分の一の70円するよう、電力会社へまたまたデモ。

スハルト政権が終焉を迎えた98年以降、国民の権利とばかりに、なんでもかんでもデモを行う傾向が顕著な現地なのだけど、個人的にはかなり疑問。被災したのは食べるのが精一杯という経済的に貧しい人が多く、自力での 住居再建なんて限りなく不可能に近いのは理解できる。気の毒だとも 本気で思う。でも、月収1万円以下で暮らす貧しい庶民が、家建てるのに40万円出せって政府に要求するなんて・・・国にそんな余裕なくて当然でしょう。しかも一 村や二村じゃなくて、20万6千軒だと。

上記以外に、被災者のおかず代として1名につき1日約40円×30日分+お米10キロが160万人分すでに拠出されているが、データの違いが原因でまだもらっていないとする被災者が50万人いる、と報じられている。この50万人分は政府60%+地方40%、バントゥル県に限っては政府70%+地方30%負担で追って拠出するとのこと。それにしても被災者210万人とはすごい。25億円の現金支給+2万1千トンのお米で、合計35億円!

副大統領が自分の口で言ったんじゃないよ!約束は守ってよ!というデモ隊の言い分らしいが、40万円発言をした地震直後の時点では、こんなに被害が広範囲に及ぶとわかっていなかったのか、震災直後の混乱と被災者の動揺を緩和するための発言だったのかは定かではない。もともと 、副大統領は商売人で思ったことをすぐ口に出す即決タイプ。演説は単刀直入でとても面白い。

そもそも、ジャワでは言葉はあまり意味をもたない。言葉には責任なんてないことなんて、ジョグジャ人ならわかってるはずなのに。騒げば40万円ゲットできる、全額とまでいかなくても、取れるだけ取ってやろうとでも思っているんだよ。裏からあおる勢力もあるしね。という冷めた見方も 現地では多いのも事実。

「日本みたいに庶民がもれなく税金吸い取られてるわけでもないし、政府のどこにそんな財源があると思ってデモしてはるんですかねえ?」と 近所のおっちゃんに聞いてみたところ、「何も考えてないよ。自分のことだけでしょ。」というお答えだった。それにしてもなあ、月収の40倍 を筆頭に、被災の程度によって、26倍、13倍も の額を、被災住居20万6千軒に配ることができる国家ってあります?・・・保険会社でもあるまいし。

ほぼ確定し た拠出額は、一戸につき5万円。それだけでもすごい額。月収5か月分ですもん。×20万6千軒=103億円!政府もがんばっているような気がしますが・・・でも、自分ちが全壊しちゃうと途方にくれちゃうんだろうな。微妙。

2006年7月17日  パンガンダランで津波

夕方テレビをみていたら、えっ?パンガンダランでツナミとジシンがあったと速報が入る。ジョグジャから西ジャワのパンガンダランは約350キロ離れており、地震はまったく感じなかった。現地の方はこの肌寒い乾季の夜を高台に避難して過ごす。気の毒だ。

ジョグジャの南、パラントゥリティス海岸では、海岸をデート中の20代女性1名が高波にさらわれて亡くなった。当ビーチはもともと波があらく、なんでもないときでも波にさらわれる死亡事故が頻繁におこっている。

5日前の12日、垂直のいわゆる地震雲っぽいものを東南の空に見た人がたくさんいて、5日以内に地震がおこる、という噂が蔓延。チュレレッタウンというジャワ語が囁かれていて、これは”奇怪現象”とでも訳せばピッタリくるかな。しかも乾季真っ只中のこの季節、11日未明から霧雨がふるどんより曇った妙なお天気だった。

2006年7月17日  初登校

入学式がないどころか朝礼すらない初日。こちらの慣習なのだろうけれど、日本人的には激しく拍子抜け。必死の5時半起きで送ってきたことだし、校門横で記念撮影をしてみたが、そんなことしてるのはウチだけだ。よそんちの皆さんはなんでもない普通の日みたいな様子。そんなもんなのか。

ジョグジャの朝は早く、7時から授業が始まる。たまにこどもがトイレへ走っていくけど、それ以外は教室にこもったまま。結局、9時に授業が終わるまで、教室から出てくることはなかった。時間割も教科書もまだなので、何がどうなっているのやらまったく不明。


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