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ジョグジャカルタ特別州
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asita

ボロブドゥール レリーフ【浮き彫り】
ボロブドゥール 主壁
ボロブドゥール レリーフ
この遺跡には仏教に関する物語の場面を描いたレリーフが 1460 枚、その間を飾る装飾用のレリーフが 1212 枚、合計 2672 枚のレリーフがあり、全レリーフ総面積は 2500 uにもおよぶ。
これらのレリーフは方形六層の回廊の内側 ( 建物側 ) にある主壁と、外側にある欄楯 ( らんじゅん ) にはめ込まれており、釈迦の生涯をはじめとする様々な物語を描いている。詳述すると 4 つの仏教経典を題材としており、それぞれ分別善悪応報経 (Karmawibhangga) 、方広大荘厳経 (Lalitavistara) 、本生譚・譬喩経 (Jataka-Awadana) 、華厳経入法界品 (Gandawyuha) である。物語を追って見ていくためには、東面の入口から左へ、 2 m幅の回廊を時計回りに歩く。つまり遺跡本体は常に参観者の右側にあることになる。では、各物語をみていくことにしよう。

T.分別善悪応報経

ボロブドゥール レリーフ

隠された基壇には分別善悪応報経をもとに因果応報の物語が表現されている。人間がこの世でなす様々な悪い行いをあらわしたうえで、その結果として死後に訪れることになる地獄の様子を知らしめている。この基壇には 160 枚のレリーフが存在するが、実物を目にすることが出来るのは東南の角一部のみである。なぜなら建設途中に建造物自体の重みが原因で崩れをおこし始めたため急遽設計が変更され、レリーフの施された本来の基壇に現在の基壇が付け加えられたからである。日本人としてちょっと耳の痛い話であるが、 1942 年に日本がインドネシアに侵略したおりこの隠された基壇のレリーフを見んがため現在の基壇の東南の角部分を無計画にぶち壊した日本人がおり、もとどおり復元することもかなわなかったこともあり、現在こういう形で公開されているそうである。
隠された基壇に施された 160 枚のレリーフは公園内の資料館に展示されている写真に見ることができる 。 ボロブドゥール 資料館
ボロブドゥール 基壇

U.方広大荘厳経
ボロブドゥール
ボロブドゥール
ボロブドゥール

上下二段からなる第一回廊主壁の上段 (120 枚 ) には方広大荘厳経をもとに釈迦がこの世に産まれ、悟りを開き、はじめての説法を行うところまでが描かれている。「紀元前 563 年、シャカ族のスドダナ王とマヤ夫人のあいだにできた子供がシッダルタ王子である。マヤ夫人は出産前のある日、白いゾウの夢を見た。呪術師たちは大変高貴な方がお生まれになると預言する。王ルンビニの森(現在のネパール)でシッダルタ王子を出産後、まもなくマヤ夫人は死んでしまうが、王子はすくすくと成長した。
スドダナ王はシッダルタ誕生前にある預言者に言われた、『生まれ来る王子は後にこの世界で名を馳せる大王になるか、もしくは宇宙の支配者すなわちブッダとなるであろう』という言葉がいつも忘れられなかった。息子シッダルタ王子が自分の後を継いで偉大な王となることを強く望んでいたので、この世の苦しみを知ってブッダへの道を選ぶことのないよう、外の世界となるべく接触させないようにしていた。
ある日、シッダルタは城の東門で老人に、南門で病人に、西門で死人に出会う。最後に北門で僧侶に出会い、シッダルタはすべての苦しみからの解放への道を選ぶ。以後、シッダルタは苦行を積む日々を送るが、求めるものは得られなかった。
ある日、シッダルタが菩提樹の下で瞑想していると、悪魔マラとその娘たちに様々な方法で誘惑される。しかし、誘惑に屈することなく悟りの境地へと到達したのであった。この時からシッダルタはブッダになり、 5 人の弟子たちに鹿野苑ではじめての説法をとく。

ボロブドゥールボロブドゥール


V.本生譚・譬喩経
ボロブドゥール 第一回廊主壁の下段 (120 枚 ) と欄楯上下段 (372 ・ 128 枚 ) と第二回廊欄楯 (100 枚 ) までの 720 枚のレリーフには本生譚・譬喩経をもとに、釈迦の前世の物語と英雄的行為をなした聖者たちの物語が描かれている。これらの物語のレリーフはすべてが解明されているわけではなく、どのような物語を描いたものか未だ判明していないレリーフもある。たくさんの物語があるなか、以下に 3 つの物語をご紹介します。
まず、東側入り口から左にむかって歩き始める最初の部分に、ひとつの物語としては最も多い 20 枚のレリーフであらわされているのが、夫婦の純愛を語った マノハラ物語 である。「その昔、パンチャラ国という王国があった。この国は二人の王によって統治されていた。北部は良き王によって治められ、首都近くの湖には竜神が住み、定期的に雨を降らせてくれたのでお米も豊作続きで大変繁栄していた。一方、南部は悪王によって治められていたため神々にかえりみられず、日照りが続き、貧しくなるばかり。
ある日、猟に出かけた悪王は自分の領地が荒れ放題なのを知り、北部に住む竜神を生け捕りにして自分の国へ連れてくれば国が繁栄すると考えた。そこで悪王は”竜神を南部へ連れてくるのに成功した者には、かごいっぱいの金を与える”というおふれをだした。
それを聞いたある蛇使いは自分なら魔術を用いて7日間のうちに竜神を呼び寄せることができると宣言し、湖の近くで魔法をかけ始めた。今何がおころうとしているかに気づいた竜神は、ハラカというひとりの猟師に助けを求めた。ハラカは蛇使いに弓を放ち、見事蛇使いをやっつけた。竜神は恩返しとして、猟師を地下の竜神の国に招き、褒美として金銀財宝を猟師に与えた。ハラカは帰路、一人の隠者に出会い、事の次第を話して聞かせたところ、隠者は金銀財宝ではなく竜神のもっている魔法の投げなわをもらうように忠告した。そこでハラカは金銀財宝を返し、投げなわに交換してもらった。
その後、猟師がヒマラヤ山中に出かけたとき、また別の隠者に出会った。この隠者からキナラ族の王女が満月の日に近くの池やってきて水浴びをすると聞いた猟師は、この天女を捕まえてやろうと池の近くで待ち伏せしていると、間もなく天女一行がやってきた。すかさず投げなわを放ったところ、見事ひとりの天女を捕まえた。彼女が天女マノハラである。猟師はマノハラの美しさに驚き、スダナ王子のもとへ連れていった。王子は一目見てマノハラの美しさに魅了され二人は結婚する。

幸せな日々を送っていたある日、どこからともなくふたりの呪術師が現れた。一人は父王専属の呪術師として採用され、もう一人はスダナ王子付きになった。王子の呪術師は、王子が王位についた際には自分を呪術師の長にしてくれるよう約束をとりつけた。このことを耳にした父王の呪術師は策略をめぐらし、長引く国の辺境での反乱を鎮静化するという理由で、スダナ王子とその軍を辺境に派遣することに成功した。
ある日、父王が悪い夢をみたので呪術師に相談した。本当はスダナ王子の辺境での勝利を暗示する夢であったのだが、呪術師は故意に真実を伝えず、これは国に災厄がやってくる予兆であるから、動物に加えてマノハラをも生け贄に捧げ、災いを回避しなければならないと進言した。このことを知ったマノハラは王子の母のもとへ行き、預けておいた翼を出してもらい、この世の別れとしてその翼をつけて踊ってみせる。踊りの最中、突如として宙に浮き、皆に別れを告げて宮殿を抜けだし、空高く飛んでいってしまった。天女マノハラの故国はヒマラヤ山中にあった。国へ変える途中、隠者のところへ立ち寄り、スダナ王子からもらった指輪を預け、またキナラ国への道順を伝えてくれるように頼んだ。
辺境から戻り事の次第を知った王子は嘆き悲しむが、迷わずマノハラを追うことにした。スダナ王子はまず猟師をたずね、隠者のところに案内してもらう。隠者はマノハラから預かっていた指輪を王子に渡し、キナラ国への道を教える。
7 年 7 ヶ月 7 日が過ぎ、やっとのことでマノハラの城に辿り着いたスダナ王子は城の女中が水くみをしていたので、事情を聞いたところ、城の外に住んでいるマノハラが水浴びするための水を汲んでいるという。なぜならマノハラはかつて人間界に住んでいたので、人間の匂いがしみ付き、それをとるために 7 年 7 ヶ月 7 日の間、毎日水浴びをさせられていた。その最後の日がスダナ王子が訪れたその日だったのである。王子は指輪を水瓶の中にしのばせる。マノハラが水浴びをしようとしたその瞬間、水瓶の中から指輪が転がり落ち、すっぽりとマノハラの指にはまった。
スダナ王子がここまで来てくれたことに気づいたマノハラは大喜びで、女中に王子を呼ぶように頼み、両親に会わせる。スダナ王子はマノハラの両親に弓の技を披露し、マノハラとの結婚を許可してもらえるよう頼んだ。そこで両親はキナリの娘たちに同じ化粧と衣装を着けさせ、スダナ王子がマノハラを判別できるかどうかを試したのである。見事マノハラを見抜いたスダナ王子は結婚を許され、しばらくマノハラの国で暮らしたが、やがて、故国に戻り王位についた。このスダナ王子は前世における釈迦のお姿である。」

次に、 雌虎の物語 。これは第一回廊の欄循上段にある 4 枚のレリーフに描かれている。「由緒正しい名家に生まれた菩薩は成長し、芸術と学問を好み、この世の地位や世俗的なことがらにはいっさい興味を示さなかった。自然の成り行きで隠者となり、ある奥深い山の中で暮らしていたところ、信奉者がどんどん増え、救世主として崇められる毎日であった。ある日、弟子のひとりと歩いていたところ、洞穴で子供を生んだばかりの雌の虎に出会った。その虎は食べるものがなく、子虎を食べているのを見た菩薩は、直ちに弟子に食べ物を探してくるように命じた。弟子が虎のために食べ物を探しに出かけるとすぐに、菩薩は虎が子虎を食べる罪を犯させないために、虎の穴に身を投じたのである。弟子が虎のために食べ物を持って戻って来ると、菩薩はちょうど雌虎に食べられているところであった。何がおこったかを理解した弟子は、他の信奉者たちに菩薩の尊い行いを語り伝えた。」
母に対する親不孝が原因で地獄に落ちた息子を描いたのが マイトラカニャカ物語 で、第一回廊主壁下段の 7 枚 (106 から 112 番 ) にみられる。「マイトラカニャカは行商人の親分の息子として生まれた。成人してから、マイトラカニャカは死んだ父と同じ道を歩みたいと思い、父が何の仕事をしていたのかを母親に尋ねた。本当は行商人の親分であったが、母親は危険な仕事をさせたくないと思い、店主と答えた。そこで、マイトラカニャカは店を開き一生懸命働いた。商売もうまく軌道に乗ったある日のこと、父が行商人の親分であったと偶然耳にした彼は、父の後を継いで行商に出ることを決心した。息子を心配した母親は泣いて止めるように諭したが、マイトラカニャカは聞く耳を持たず、挙げ句の果てには母の頭を蹴り倒して行商人の親分になるために出かけて行った。
初めての航海で乗った船が沈没し、マイトラカニャカは命からがらある浜辺に辿り着いた。ここで 4 人の鬼女と豪遊し、それではあきたらず別の街で 8 人の鬼女と、また別の街で 16 人、またまた懲りずに 32 人の鬼女と遊び続け、さらなる享楽を得ようと旅に出たところ今度は 4 つの門のある壁に囲まれた街に着いた。また遊んでやるぜと意気込んでその街に入ってみると、行き交う人々の頭には刃のついた車輪が突き刺さっているではないか。落ち着いて見渡してみるとここはまさに地獄と呼ぶにふさわしい場所であった。そこで近くにいた人に尋ねたところ、自分は母を殴り倒した罪でこの地獄にいるのだという。気がつくとマイトラカニャカ自身の頭にも同じように刃のついた車輪がめり込んでいるのであった。」


W.華厳経入法界品

第二回廊主壁と第三回廊すべてと第四回廊欄楯までの 388 枚のレリーフには華厳経入法界品をもとに、善財童子が善知識とよばれる 54 人の賢者を訪ねる物語が描かれている。レリーフには善財童子が会った人々が描かれているだけで、何が起こったかはあらわされていない。 54 人の賢者を巡礼してまわり、最後に普賢菩薩に会い、悟りをひらく。
第四回廊主壁の 72 枚のレリーフには普賢行願讃をもとに普賢菩薩の慈悲深いそのお心を賛美する様子が描かれている